デンマーク旅行記2024

◯服装

・11月上旬、ヒートテック+ニット+コート+マフラー+手袋の装備。寒がりの人は+1が必要かも。

 

○行程

・18:00ごろ着→翌日1日観光→正午前に出国

デンマークは観光スポットがぎゅっとまとまっているから、これで十分楽しめたよー。

 

○交通手段

・メトロ&徒歩

健脚ならメトロなしで観光できる。

コペンハーゲン中央駅で、メトロの一日乗車券を買った。赤い券売機だからよく目立つ。英語表記に変えられる。クレカ決済。

・しかし乗る時も降りる時も改札がない。なので無賃乗車のオンパレードなのでは??と思う。切符のチェックもなかったし。

・メトロめちゃくちゃ深いよ。めちゃ長エスカレーター×2に乗らないとホームにたどり着けなかった。

 

○おすすめスポット

フレデリック教会

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無料で入れる。教会内は質実剛健さがあって落ち着く。(教会にしては、ということです)

すぐ近くにアマリエンボー宮殿があって、黒い帽子に赤いジャケットの衛兵を見られるかも。(かっこよかった)

 

・Hart Bageri

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フレデリック教会の目の前にあるカフェ。と思ったらデンマーク内にいくつか展開してた。

Hart Bageri

フラットホワイトを頼んだら好みの濃さでたまらん美味しさだった。ので日本に帰る前に他店舗に寄ってコルタドを飲み、豆を買ってしまった… その店舗にもタコ(?)のイラストが掲げられていて、トレードマークなのかも。かわいいよ。どちらの店舗も満員で、ひっきりなしにお客さんが来ていた。

 

○その他

・聞き取りやすい英語を話してくれる。ありがたやありがたや

・ディズニーランドの原点・チボリ公園は休業中だった(クリスマスイベントの準備のためかな?)。行きたい人は公式サイトを調べてから日程を決めた方がいいかも。

・11月下旬に訪れた方が街のクリスマス装飾を楽しめる気がする。上旬だとぱらぱらとしか楽しめない。

・明かりの使い方が好きだった。さすがデザイン王国。

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頑張ってツイッターやめたい

 

ツイッターっていう名前の方が好きだからツイッターって呼ぶ。厄介でしょ。

 

ツイッターは面白いけど自分にとっては総合的にプラスにならないということがわかっている。のにやめられない。依存状態。

ためになる情報や素敵な考え方も知れるんだけど、それの何倍もジャンクな情報を摂取している自覚がある。

何回も何回もなんとかしなきゃと思って失敗してきた。今回はうまくいくかなあ。

ツイッターをインストールしたくなったらブログを書くことにしよ。

 

カルディでレモンラーメンとレモン焼きそば買った。美味しいといいな。

日中は暑いけど夜は涼しくて気持ちいいからまだ耐えられる。ほとんど食べたことないくせにフォーが食べたくなっている。あと北出タコスのタコス。あれは本当にうまかった。

 

6月だから読む本リストに入れておいた『君の六月は凍る』を読んだ。苦しかった。こういう苦しいのばっかり選んじゃうんだよな。読後ぐるぐる幼少期のことを思い返していたらトラウマが喚起されてちょっと泣いた。ホルモンバランスのせいもあるかも。小学校が楽しかった人は読んで大丈夫です。

 

親元を離れるまでずっと大変だったから子どもは育てない、私の再生産はしたくないと思っていたけれど、家族仲が大変よい恋人ができてしまったのといわゆる結婚適齢期になったことで考え方が変わってきた。まあ予想はしてたよね。もし私が結婚して幸せな家庭を築くことができたら幼少期の私はそこでやっと救われるんだろうなということがわかってきた。でも幸せな家庭を知らない私がどうやって幸せな家庭を作れるというのだろう。必死こくしかないね。

 

『おいしいごはんが食べられますように』という祈り

 

『おいしいごはんが食べられますように』を読んだ。タイトルに惹かれて読むのをずっと楽しみにしていた。祈りのタイトル。人生って祈りだと思っているから。

 

小説で、大円団とまではいかなくともうまい具合にまとまって終わる話が好きじゃない。短期間でそんなうまいことまとまるわけがないだろ、と斜に構えてしまうため。

人生はすごく曖昧で流動的だと思う。だから小説をより現実に寄せるなら、映画のフィルムのここからここまでをばつっと切り取りそれを提供すればいいと思う。それをやっていたのがこの作品で、私はその態度がすごく好きだった。というか芥川賞受賞作品ってこういう姿勢のものが多い気がする。

 

あとなんていうか、コミュニケーション下手な人たちの話だと思った。これをやったら自分はいいと思うけど、あんな性格のあの人はどう考えるだろうという思考パターンではない人。自分の価値観に合わない他人の行動にイラついて、その人に直接不快を伝えるなり自身で消化するなりうまいこと対処ができなかった結果いびつな発散方法をしてしまう人。

自分の考えを伝えること、他人の考えを知ること、もっと恐れないでやっていこうと思った。

それってめんどくさいけど、そっちの方がより誠実な気がする。やっぱり私は、自分が恥ずかしくない人間になりたい。こうやって気張り続けるのは結構疲れるから、疲れたときはずっと引きこもっちゃうんだけど、他者と向き合うときはそういう私でありたいから。

 

日曜日の夜

 

俗世にまた疲れてしまった。モテがどうだ、結婚だの不倫だのセックスだの高学歴高収入だのうるさいよ。そこに愛はないんか。愛ってどこにあるんですか。ツイッターにはない。自分の周りにはあるとは思っている、いや信じている。祈っている。解放されたい。けど人生を終わらせるのって結構大変だということは高校生のときに知ってしまったから大人しく天命を待つしかない。まだですか、神さま。

 

少しの娯楽をやすみやすみぶち込んで何とか生きるのももう疲れたよ。でもそれが人生だからさ。あーあーやんなっちゃうよな。常日頃思ってるけど草木に生まれたかった。水素でもOK。そうしたら今の不安や悩みだけじゃなくこれから生じるであろう不安や悩みも一掃されるでしょ。私生まれ変わったら木とかになりたいですって上司に言ったら心配されたけど、人間やめたくなったことのない人間っているんですか?

 

日記とブログの書き分けが難しいとは常々思っているけど、こうやってほとばしる感情をがーっとタイピングして後から何事もなかったように綺麗に追記や削除をしたいときはブログがいいみたい。今日気づいた。

 

月曜日の朝になればこんなこと考える暇なくまた出勤して仕事してお昼ごはん食べて仕事して帰宅して夕飯食べてスマホいじってやることやらずに寝るんでしょ、お願いだからちゃんと生きてくれよ。しっかりしてくれよ。誰も自分の人生に責任とってくれないんだからさあおまえがどうにかするしかないじゃん。頑張れよ。慰めの言葉が欲しいんじゃなくてただずっと眠っていたいだけ。私が海を見るのが好きなのはそういうこと。

恋愛に対する雑感

 

恋人の存在で私の人生がいっぱいになるのがいやだ。

私は恋人以外にも大事なものをたくさん持っていたはずなのに、気づけば私の人生の中で彼の比重がどんどん増えていく。

怖い。

彼はそんなことなさそうだから、さらに怖い。

私だけそんな感じという非対称性が少し気持ち悪い。

 

 

どうしても結婚する理由がわからない。

とてもいい人で、別れる理由がないし、この人を逃してまた別の人を探すのは大変だと思う。

だからここで手を打つこと、つまりこの人を最後の恋人にすることに何の違和感も不満もない。しかし、だったら何も問題ないね、ハイ結婚、って言われた途端いやなんか違うんだよな…という感情が芽生えてしまうのはなんなんですか。私は何に戸惑っているんですか。

 

人の生活を抱え込む覚悟がないのかも。そんなの一生芽生えないかも。考えすぎかも。思いきってえいや、で始めてみてもいいんだろうけど何かが違う。よくわからない。

 

 

 

最近の自分が気に入った本

 

ヘミングウェイ老人と海

薄くて読みやすい。のに予想外の場面展開が多いのが見事。老人の感情がはしばしで伝わってくる。

 

吉野源三郎君たちはどう生きるか

生き方に悩んでしまって自己啓発本を取ったつもりが小説で、しかも自分の生き方を肯定されてしまい面食らった。わたしはいつか生産者になりたい。

 

角田光代『平凡』

短編集だった。特に2〜30代女性は自らの境遇と重ねやすいかも。角田光代の作品にはずれなどないのです…

 

林真理子『ルンルンを買っておうちに帰ろう』

日経新聞に掲載されていた彼女のインタビューが素敵だったので著作にも興味が湧いた。ページをめくるたびに笑った。読むのが楽しかった。

 

金曜日の夜

 

ノートに日記を書くようになってもう6年くらい経つ。

昔は毎日書いていたけど近年、特に今年は書きたい!と思ったときにしか書かなかった。そうしたら「今年の日記」という全体でみたとき、読み返すに堪えないものになっていることに気づいた。重い出来事ばかり書いてあるので読むのが大変。どうでもいい・なんてことない日常がちゃちゃっと書かれたターンもどうやら必要らしい。読み物には緩急を。

 

ブログを書きたいという気持ちが湧かなくなってしまった。日記とブログで書き分けるのが難しい。

 

人の文章を読むのは相変わらず好き。小説でもコラムでも論文でもツイートでもブログでもなんでも。あなたはこう考えているのね、と知るのが好きみたい。もっとあなたの考えてることを教えてください。

 

一方で自分のこと・自分に起こったことを話すのがとても苦手。どうしてなのか自分でもわからない。もう少し上手くなりたい。好き・嫌いの表示だけではなくて、〇〇だから好き、のように相手の情報量を増やすことに努めたい。求められてないかもしれないけど。

 

言語的・身体的コミュニケーションはなぜ行われるのだろうということをずっと考えていて、相手にいい気分になってもらいたいからという意見で一旦落ち着いた。このトピックを考えるきっかけとなった出来事も書かないと、なぜこの結論に至ったのか読み手には伝わらないとわかっている。しかしいかんせん面倒くさい。タイピングよりペンで出力する方が速い。スマホのロックを解除してアプリにアクセスするより、日記帳を開いた方が少ないターンで読み返せる。

 

人の考えを知るのが好きということに関連して、人からおすすめされるのが好き。自分の知らなかったことを知るのが好き。

でもそのくせめったに人におすすめをしないという自分の非対称性が気にかかっている。私はほぼ100%、人のおすすめを体験して感想を伝えているけれど、このようなコミュニケーション方法をとる人は意外と少ないらしい(私の周りには)。だから萎えてしまうみたい。期待しすぎているあたり、まだまだ青いなと思う。

 

虫の鳴き声が聞こえる。秋の夜は本当に美しい。私もあなたもいつまでも幸福でいられますように。

 

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写真も滅多に撮らない。写真を撮ることが目的化してしまいがちだから。撮ったら撮りっぱなしだから。でも文章や会話にて、相手とイメージを共有するために使われることが多い写真を、ツールとして行使していない自分がなんだか面白みのない人間に思える。私は相手と共有することを拒否しているのかなあ。だとしたらこの姿勢は相手を傷つけている気がするけれど。