日曜日の夜

 

俗世にまた疲れてしまった。モテがどうだ、結婚だの不倫だのセックスだの高学歴高収入だのうるさいよ。そこに愛はないんか。愛ってどこにあるんですか。ツイッターにはない。自分の周りにはあるとは思っている、いや信じている。祈っている。解放されたい。けど人生を終わらせるのって結構大変だということは高校生のときに知ってしまったから大人しく天命を待つしかない。まだですか、神さま。

 

少しの娯楽をやすみやすみぶち込んで何とか生きるのももう疲れたよ。でもそれが人生だからさ。あーあーやんなっちゃうよな。常日頃思ってるけど草木に生まれたかった。水素でもOK。そうしたら今の不安や悩みだけじゃなくこれから生じるであろう不安や悩みも一掃されるでしょ。私生まれ変わったら木とかになりたいですって上司に言ったら心配されたけど、人間やめたくなったことのない人間っているんですか?

 

日記とブログの書き分けが難しいとは常々思っているけど、こうやってほとばしる感情をがーっとタイピングして後から何事もなかったように綺麗に追記や削除をしたいときはブログがいいみたい。今日気づいた。

 

月曜日の朝になればこんなこと考える暇なくまた出勤して仕事してお昼ごはん食べて仕事して帰宅して夕飯食べてスマホいじってやることやらずに寝るんでしょ、お願いだからちゃんと生きてくれよ。しっかりしてくれよ。誰も自分の人生に責任とってくれないんだからさあおまえがどうにかするしかないじゃん。頑張れよ。慰めの言葉が欲しいんじゃなくてただずっと眠っていたいだけ。私が海を見るのが好きなのはそういうこと。