『おいしいごはんが食べられますように』という祈り

 

『おいしいごはんが食べられますように』を読んだ。タイトルに惹かれて読むのをずっと楽しみにしていた。祈りのタイトル。人生って祈りだと思っているから。

 

小説で、大円団とまではいかなくともうまい具合にまとまって終わる話が好きじゃない。短期間でそんなうまいことまとまるわけがないだろ、と斜に構えてしまうため。

人生はすごく曖昧で流動的だと思う。だから小説をより現実に寄せるなら、映画のフィルムのここからここまでをばつっと切り取りそれを提供すればいいと思う。それをやっていたのがこの作品で、私はその態度がすごく好きだった。というか芥川賞受賞作品ってこういう姿勢のものが多い気がする。

 

あとなんていうか、コミュニケーション下手な人たちの話だと思った。これをやったら自分はいいと思うけど、あんな性格のあの人はどう考えるだろうという思考パターンではない人。自分の価値観に合わない他人の行動にイラついて、その人に直接不快を伝えるなり自身で消化するなりうまいこと対処ができなかった結果いびつな発散方法をしてしまう人。

自分の考えを伝えること、他人の考えを知ること、もっと恐れないでやっていこうと思った。

それってめんどくさいけど、そっちの方がより誠実な気がする。やっぱり私は、自分が恥ずかしくない人間になりたい。こうやって気張り続けるのは結構疲れるから、疲れたときはずっと引きこもっちゃうんだけど、他者と向き合うときはそういう私でありたいから。